› *☆桜レター。☆ › 2008年03月2008年03月31日ぽーぽー焼き

風邪が完全に治っているわけじゃなくて、1日でも体調が良い時と悪い時の波がある
2日前のお昼
息子が私のために黒糖味のぽーぽー焼きを作ってくれた
「お母さん。食べてみて」
と言われベッドから起き上がって食べてみた
(☆o☆)
「美味しゅうございます〜」
小さい頃、母がよく手作りのぽーぽー焼きを作ってくれたっけ☆
懐かしいなぁ
しかも母のよりもかなり美味しかった!
ぽーぽー焼きは一言でいえばクレープの沖縄バージョンだが、中に具は入らない
息子に作り方は教えていないのに、なぜわかるのか謎である
(?_?)
それに何よりも母親の抱えている辛い気持ちを察して、真心を込めて作ってくれた息子に感謝でいっぱいだった
私は母としても人としてもまだまだ成長の途中にある
だから逆に子どもから学ぶことが大きい
「しょうちゃん。ありがとう」
涙が溢れてくるのをこらえながら、食べたぽーぽー焼き
お母さんは一生忘れないからね。。。。
2008年03月30日生命の波

春の海の美しさ
生命の神秘を感じさせる
寄せては返す波の音
潮風のささやき
この世に生をうける喜び
この世を去っていく悲しみ
希望という青空の光をあびながら
未来のことを思い浮かべる
私は今
無性に淋しくてしょうがない
一つの大切な生命が
消えゆかんとする
泣くこともできない
本気で笑うことも忘れた
不安で躰が小刻みに震える
苦悩という時間は
安楽よりも
長く 永く 感じる
もう一度ここに来る時
どんな気持ちでいるのだろうか……
2008年03月30日☆名前を元に戻しました

Jeanneから元のJeanne. d'Arcに戻しました
ジャンヌダルクは歴史上の人物で大好きな女性の1人です
◆Jeanne. d'Arc(1412〜1431年)
愛国心の強い少女
百年戦争で祖国フランスがイギリス軍に支配されそうな時
「フランスを救え」という神の声におされ、軍隊を指揮し、1429年オルレアン城を包囲していたイギリス軍を破る
しかし、王側近の恨みをかい陰謀によって、イギリスへ売り渡された
宗教裁判にかけられ異端児として火刑にしょせられた
★もう一度、自分の大好きなハンドルネームでスタートしよう
新たな決意を胸に前進するために!
(*^_^*)/
2008年03月29日復活!(^^)/
皆さん たくさんの励ましのコメントとEメールや電話などを頂きありがとうございました
私自身が風邪をひいていたこともありますが、私を姪の中で一番可愛がってくれた叔母が肺癌の末期で4度目の入院になりました
最初の入院の時に手術を行いましたが、身体のいたる部位のリンパ節に転位が広がっている状況で直ぐに閉じました
途中で奇跡的に回復して3回退院をしました
余命、半年もたないと告知されていましたが約2年も生きてこれたのは奇跡としか言いようがありません
家族や親戚以外にもたくさんの愛に見守られていたからだと思います
現在、抗がん剤投与を受けていますが、衰弱が激しく後1〜2週間が山場です
そういう事情がありコザの城前公民館の文化祭の参加は見送りました
Jeanne家の展示作品を観たくて楽しみにしていた皆さん本当にすみません
m(_ _)m
今日からブログは再開します
皆さんのブログには時間を見つけて伺いたいと思います
元気を下さって本当にありがとうございました
そのエネルギーを笑顔に変えて叔母のお見舞いに行ってきます。。。。。
私自身が風邪をひいていたこともありますが、私を姪の中で一番可愛がってくれた叔母が肺癌の末期で4度目の入院になりました
最初の入院の時に手術を行いましたが、身体のいたる部位のリンパ節に転位が広がっている状況で直ぐに閉じました
途中で奇跡的に回復して3回退院をしました
余命、半年もたないと告知されていましたが約2年も生きてこれたのは奇跡としか言いようがありません
家族や親戚以外にもたくさんの愛に見守られていたからだと思います
現在、抗がん剤投与を受けていますが、衰弱が激しく後1〜2週間が山場です
そういう事情がありコザの城前公民館の文化祭の参加は見送りました
Jeanne家の展示作品を観たくて楽しみにしていた皆さん本当にすみません
m(_ _)m
今日からブログは再開します
皆さんのブログには時間を見つけて伺いたいと思います
元気を下さって本当にありがとうございました
そのエネルギーを笑顔に変えて叔母のお見舞いに行ってきます。。。。。
2008年03月24日転んだ時

幼い頃 母と2人
砂利道を歩いてたら
転んでしまった
膝が痛くて
我慢できずに
泣き出した
そんな娘に
手を差し出すかわりに
母はこう言った
「1人で立ってみよう。大丈夫よ。ここで見守っているからね」
私は泣くのを止めて
膝の痛さを我慢して
少しずつ ゆっくりと
立ち上がった
「よく頑張ったね。偉いね」
そう言って優しく
抱きしめてくれた
母の温かい体温と
柔らかな香りに
ふんわりと包まれた
大人になった今
人生において
何度転んだだろう
1人で立ち上がれなくて
友人や周りの人に
助けてもらうこともある
そのたびに
あの時のことを
思い出す。。。。
※写真 by SIN
2008年03月23日ゆいまーる☆


去年の秋
浦添市陸上競技場で那覇浦添地区の全中学校の陸上競技大会が行われた
平日の昼間の行事だったため、PTA広報部からは私1人しか参加できない
息子と車に乗り会場へ
保護者も役員もほとんど来ていない
朝から秋とは思えないほど暑く、私と息子は3本のペットボトルとお弁当をそれぞれ用意していた
各中学校の代表選手が白熱した競技を行う中で、私は一眼レフカメラとデジカメの2台を駆使して撮影をしていた
しばらくすると後ろに座っていた女子生徒が体調不良を訴えだした
周りの生徒は心配して先生に報告しているが、振り向こうとしない
他のことに気をとられて上の空で聞いていた
周りを見渡しても保健の先生が見当たらず、看護師の資格をもっている私が様子を見てみた
青白い顔色と冷や汗、呼吸は乱れ脈も速い
「朝ご飯は食べてきましたか?」
「はい…少し食べてきました」
「飲み物はもってきましたか?」
「いいえ…忘れてきました」
時計を見ると正午を回っていた
木陰とはいえ灼熱地獄の中、4時間近く何も飲み物を口にしていないことになる
私は3本のペットボトルの内、2本は飲み尽くしていたが、スポーツドリンクが1本残っていたので女子生徒に差し出した
熱中症の疑いがあるため少しでも回復してほしいと願った
担任の先生に事情を説明したら、家まで送って行くとのこと
午後の撮影でウチの中学校代表が出場する男子400メートルリレーが間近に迫ってきた
その時、一眼レフカメラのフィルムが切れてしまった
デジカメの撮影を息子にお願いして、フィルムを買いに行こうと門の外を出ようとしたら
「どうかしたのですか?」
と声をかけられ、顔を向けると60才後半ぐらいの男性役員が立っていた
『おやじの会』という腕章をしている
「カメラのフィルムが無くなったので買いに行こうと思います。近くにコンビニとかないですか?」
「歩いていける距離にはありません。私がバイクで買ってきましょう」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
「その間に、私からあなたにお願いがあります。お水が午前10時から切れています。どうかお宅の中学校の飲み水が余っていたらわけていただけないでしょうか?」
私は驚いてキーパーの中を確認したら水が1滴もない
飲み水が無くなって3時間以上も経過しているため、このままだと熱中症にかかる心配があった
警備をしている『おやじの会』のメンバーは5人、どの方も60代前後である
幸いどなたも顔色が良く熱中症の症状らしきものは見られない
「わかりました。ウチの中学校のを確認して、無ければ他の中学校もあたってみます」
私はキーパーを受け取り、中学校の持ち場に戻った
午後から来ていた男性役員に伝えたら、PTA用の飲み水から半分わけて、私の代わりにキーパーを届け、新しいフィルムをもってきてくれた
後でわかったのだが、フィルムをバイクで買いに行って下さった方は、父の知り合いのボランティア仲間であり、某中学校の『おやじの会』会長であることを知り感嘆した
肩書きに関係なく会長自らが率先して、真心で動いて下さっていたのかと思うと感謝の気持ちでいっぱいになった
『ゆいまーる』とは沖縄の方言で、お互いに助け合うことを意味する
いつの時代になろうとゆいまーる精神を、沖縄の子孫に受け継がれていってほしいと願っているし、自分自身も真心から誰かを助けていければと行動に移すように心がけている
2008年03月22日「恐れながら」

父がNHK大河ドラマのファンだという影響を受け、中学生ぐらいから一緒に視ていた
『独眼竜政宗』『春日局』『琉球の風』『利家とまつ』『武蔵』『新撰組』『義経』『風林火山』と数々のヒット作品を送り出してきた
特に渡辺謙主演の『独眼竜政宗』は、迫真の演技に毎回見惚れてしまった
この若き頃から国際派俳優としての風格が備わっていた
大河ドラマを見続けている理由は、立ち居振舞いと言葉使い・顔の表情・動作が美しいということ
見ている方まで気持ちが凛として清々しい
今年は宮崎あおい主演の『篤姫』が放送されているが、ドラマのセリフをよく聞いていると
「恐れながら」という言葉がよく使われている
自分よりも目上の役職の人や殿や姫に対して忠言する時に前置きとして使う言葉だ
「恐れながら……」
というわりには肝がすわっていて勇気のある発言が多い
一歩間違えたら、殿の怒りにふれ刀で切りつけられるかもしれないのだ
命がけで忠言する家臣の姿を見ていると、学ぶことが大きい
現代社会においては、死語になってしまったが、自分さえよければいいとか、波風立てるのが嫌だからと保守型にまわる人が多い
勇気をだして忠言したとしても全く耳をかそうとしない先輩や上司どころか後輩なども多い
希薄な人間関係で良いと考えている人たちには、忠言は不要な存在にすぎない
なんとも寂しい世の中になったものである
心をわって話せる友達や先輩や後輩がいる私は幸せだと痛感する日々である
※写真 by SIN
2008年03月21日☆懐かしいね


初めて来たはずなのに
前にも来たような
懐かしい感じがする
初めて逢ったはずなのに
ずっと昔から
友達だった気がする
運命的な出逢いほど
不思議な気持ちで
いっぱいになる
懐かしいね
あの頃に
タイムスリップしたような
感じがする。。。
…………………☆★
昨日の午後、沖縄市コザ城前公民館文化祭のミーティングが行われました
その場にいる全員は今月初めて逢ったばかりの人たち
「はじめまして」
という言葉とは裏腹に
(懐かしいね。元気だった?)
心の中で思ってしまいます
『イチャリバチョーデー』
出逢った人はみんな兄弟姉妹と思って絆を大切にしましょう
琉球王国時代からの大切な言葉なのに風化しつつある現在。
1つの大きな目標に向かい純粋で情熱的な人たちが集ってきています
偶然ではなく『時』と『縁』という必然的な出逢いなのでしょう
「みんなみんな懐かしいね」
あなたはそんな出逢いをしたことや懐かしい場所はないですか?
2008年03月20日☆自分にご褒美を

他人とではなく
過去の自分と
今の自分を
比べてみよう
1つの目標をもって
一生懸命がんばった
自分にご褒美を
そんな自分を
好きでいられるなら
本気で誰かを
好きになれるはず
人と人は鏡だから
澄みきった
夜空の星々を見て
そう感じた
………………☆★
幼い頃、川に転落した後遺症で、季節の変わり目などには頭痛・目眩・吐き気・腰痛と闘う日々が続きます
昨日は病院で湿布と鎮痛剤をもらってきました
悲観的になるのではなくて、そんな私でも何か出来ることがあるのではないか
1つの目標を掲げて、達成した時、自分にご褒美をあげることを数年間やってみました
生き生きして元気になってきます
一生懸命がんばっている自分を好きになります
そしたら心にゆとりができて、他の誰かを好きになれる自分がいました
私よりも苦しんでいる人を助けるゆとりも出てきました
今日という1日をベストを尽くして、明日への希望に繋げたいと思います。。。。
※写真の桜色のビーズアクセサリーのネックレス◆キッキさんのお店・クレイドルにて¥1100‐の格安で購入
2008年03月19日☆桜ふぶき

嬉しい心で見た桜は
明るく楽しい色に感じた
哀しい心で見た桜は
淋しく切ない色に感じた
同じ桜なのに
その時の心が変わるたび
違う色に映ってしまう
大切だと思っていた友が
自分から去っていく時
涙をためて見上げると
桜が空の蒼さと
溶け込んで
悲しい水色にしか
見えないのだ
※写真 by SIN
2008年03月18日★踊る大捜査!?

去年の3月の始め
新都心の『びっくりドンキー』で、息子の成績が上がったことと、私のバースデーの前祝いもかねて、ディナーを楽しんでいた
約1年ぶりに来店したのだが、料理は美味しいし、タイミング良く次の料理がでてくる
そして何よりもスタッフが向上している
そのことを水をついでくださる係の方に褒めたら
「どうもありがとうございます。実は店長が変わりました」
と爽やかな笑顔。
『下を見れば上の指導者がわかる』
これは私がモットーにしている言葉の1つ
料理を堪能して会計を済ませ、駐車場に戻ろうとしたら……異変を感じた
パトカーが私の車を前後左右に囲うように停まっている
そして次々に他のパトカーがこちらに向かってくる
生まれて初めて遭遇した
まるで織田裕二主演のドラマや映画のような光景
人生最大の危機か!?
私はかなり動揺した
えっ!
いったい何が起こったの?
(?_?)
「天久楽市を封鎖せよ!」
みたいな指令でもあったのか?
警察官たちがパトカーから降りて、何やら深刻に話している
「お母さん!何か事件が起こってるんじゃないの?」
不安な顔をした息子にきかれた
「しょうちゃん!お母さんは何もやってないよ!無実だからね」
半分冗談まじりに言った
「そうじゃなくて!例えば指名手配の犯人がいるとかさ!」
「それならもっと秘かに動くでしょう」
「楽市のどこかで事件があったのかな?」
「そうかもしれない!ここは危険だから帰ろうね」
(~_~)
私も正直いって怖かったので、急いで車を走らせて帰宅した
その翌日
朝刊を読んだけど、予想していたような事件は何も載っていない
いったい…あれは何だったんだろうか?
UFOを見るよりも、幽霊を見るよりも、現実に起きた事件のほうが怖くて謎である……
※写真 by SIN
2008年03月18日☆お祈りシーサー

2週間ほど前
いきつけの喫茶店のカウンターに座ると…
あらまあ☆こんなに可愛い
『お祈りシーサー』
を見つけた
私が勝手につけたネーミング☆
2つのシーサーは楽しそうに何を祈ってるのでしょう
(*^m^*)
2008年03月17日☆カラオケデビュー♪♪

今から5年程前まで、私はカラオケが嫌いだった
友人たちとの食事会や飲み会の後、二次会がカラオケだと、さっさと帰宅していた
ある日、妹のようちゃんが子どもたちを連れて遊びにきた
部屋で読書をしていたら、ようちゃんが入ってきて
「ネーネー。お願いがあるんだけど〜」
なんだか嫌な予感
「パス!」
「えーっ!私まだ何も言ってないよ〜」
「大丈夫!聞かなくてもわかっているから」
「カラオケに行こうって言おうとしただけなのに〜」
ようちゃんは半泣き状態
(ノ_<。)
「それならトーシー(妹の夫)か友達と行けばいいじゃないの?」
「だってトーシーは音痴だし、友達は就職や結婚で内地に行ったりして、一緒にいく人がいないからさ〜」
「あのね。ようちゃん。ネーネーがカラオケ嫌いなの知ってるでしょう?お金を払ってまで歌うなんてバカバカしいのよね」
私は半ば呆れ顔で言った
(-.-;)
『でもさぁ〜ネーネーお願い!』
これがようちゃんの悪い口癖★
(^人^;)
延々と私がOKするまでお願いし続ける
……………30経過
…………1時間経過
これでは読書に集中できない
たぶんこれをウザイっていうんでしょうね(苦笑)
(-"-;)
「もう!わかったから1回だけカラオケに付き合うよ」
『さすが!ネーネーは妹思いだね!』
これはようちゃんのお願いが叶った時に使うセリフ★
初めてのカラオケは音が大きすぎるし、曲調もCDと少し変わっている
それに音程の調節も難しそう
ようちゃんはマイクを握り1人で楽しそうに歌っている
お金は割り勘なのに、ずっと黙っているのもなんだから……
初の1曲目、宇多田ヒカルの『First love』
普通にさらりと歌っただけなのに
「さすがネーネー!でーじ上手い!」
(☆o☆) カンド〜
そこまでようちゃんに褒められて、なんだか嬉しくなって、次々にマイクを持って、和洋年代問わずに私たちは歌い続けた
それにしても姉の考え方をくつがえす、その粘り強い変革精神は、いったい誰に教わったのだろう
ようちゃんは別の意味で天才だとおもう♪♪
※イラスト by yokoyama
2008年03月16日☆サンシャイン


君は太陽みたいな女だから
僕はいつもここにいて君の光を浴びていたい
君はかけがえのない僕の宝だから
いつまでも胸の中に大切にしまっておきたいんだ
たとえ100万年
君を愛し続けても
まるで昨日芽生えたばかりの新鮮さで輝く
そんな愛さ
もしも この愛におわりが来るようなことがあれば
僕はきっと涙の海に溺れてしまうはず
まるで僕の寂しさを見抜いたかのように
救いの手をさしのべた君
こんな幸福を運んできた君は
愛の湧き出る泉みたいさ
※by STEVIE WONDER
………………☆★
盲目のブラックミュージシャンのスティービー・ワンダー
60年代後半〜70年代のR&Bを革命した異端児で幅広いジャンルを歌っています☆
『サンシャイン』は大好きな曲の1つです
愛しい男性にこんなふうに言われたら、嬉しすぎて気絶するかもしれない〜
(*_*)
私がスティービー・ワンダーを尊敬する理由は黒人であることや障害者だという理由でたくさんの差別を受けてきたかもしれない
けれどもそれらをバネに心に響く素晴らしい音楽を作り出し、世界へ広めたことです
音楽って言葉の壁を越えて国境を大きく越えて世界中の人々にいつまでも愛されてゆくものでしょうね。。。。
2008年03月15日小宇宙

人の心の中は小宇宙
文章だけでは
どうしても
伝わらない
電話をしたって
お互いの気持ちは
伝わっているようで
どこかで誤解して
すれ違ってしまう
それは当たり前だ
小宇宙の中にも
個性が存在するのだから
もし逢える距離に
いるのであれば
大切だと思う友に
勇気をだして
逢ってみよう
向き合って瞳を見て
対話をすればいい
1つのことを
納得がいくまで
時間の許す限り
語り合えばいい
それを何度か
繰り返すことにより
小宇宙と小宇宙が広がり
深い絆をもつ
『友愛』という
何ものにもかえがたい
宝を手にすることができる
果てしなく広がる
小宇宙のすべてを
理解することは
難しいかもしれない
だからこそ
対話は必要である
ありのままの
着飾らない
あなたと私の姿で
※写真 by SIN
2008年03月14日☆新聞配達少女


小学4年の春
父が脳血栓で倒れ入退院し、リハビリ生活が続いた
母の内職だけでは預金を少しずつ切り崩したとはいえ、家計は火の車だった
ある日、友達と遊んだ帰り、沖縄タイムスの販売店の側を通ると『配達員募集』という貼り紙が目に止まった
何歳以上とは書いていない
帰宅して母に相談した
「夕刊だけならやってみてもいいんじゃない。美月が採用されるかわからないけどね」
翌日、学校から帰宅すると販売店へ
すると50代後半ぐらいのおばちゃんが出てきた
「あのう。外の貼り紙を見て来ました。」
おばちゃんはじっと私を見て
「あなたは中学何年生なの?」
身長が高くて少し大人びた私を中学生と間違えているらしい
「私は小学4年です。家が貧しいので少しでも家計の助けになればと思い、夕刊の配達を希望してきました」
私はおばちゃんの瞳を真っ直ぐに見てそう言った
嘘をつくのが嫌いだし、ダメ元でここにきたのだから。
「ウチは中学生以上しか採用しないけど、しっかりした小学生だね。明日から来てください。最初の1週間は引き継ぎがあります」
にっこり笑っておばちゃんはそう言った
「どうもありがとうございます。一生懸命頑張ります」
深々と頭を下げて帰宅した
その翌日から1週間の引き継ぎの後、1人で配達をしていく
約100件を月曜日〜土曜日まで正確にこなさなくてはならない
約1時間の配達である
簡単なようで実際にはミスも多かった
配り忘れた家や間違って2枚重ねて配達してしまったり、雨の日にぬかるみで足を滑らせて転んでしまい新聞を濡らしてしまったりと
おばちゃん=店長に何度も謝った
「最初はみんなそうだからそんなに気にしなくていいからね」
厳しく叱ることなく少しだけ助言する程度だ
友達が遊んでいる横を通る時にはうらやましいと思うこともしばしばあった
初めての給料日
「美月ちゃん。1ヵ月ご苦労様でした」
朗らかな店長は子どもの私にまで、そうお礼を言って給料を渡した
その日は嬉しくてついスキップして帰宅した
「お母さん。今日ね。初めて給料をいただいたの。1万円ちょっとしかないけど全部家計の足しにしてほしい」
母は喜んだけれどしばらく考えて
「じゃあ申し訳ないけれど半分は学校の授業料に使わせてもらうね。残りの半分は美月が文具とか買いたいものを買ったらいいよ」
そう言って半分しか受け取らなかった
私が初任給で初めて買ったものは安い顕微鏡だった
本当は天体望遠鏡が一番欲しかったが高過ぎて手が届かなかった
風邪で高熱を出した日以外は休まなかった
小規模の台風でも配達は行われた
強い風と雨の中、細くてまだ子どもの私には、何が飛んでくるのかわからないし、躰ごと飛ばされそうになるし、恐怖の中で新聞を塗らしたり、飛ばしたりしないように必死で配達した
大晦日の配達の時には心ある人から激励され、お年玉をいただいたりした時には素直に嬉しかったものだ
周りの激励のおかげで忍耐強く3年間、配達することができた
小学校を卒業する時期に辞めたのだが、勤続3年間の表彰を受けた
それらは私の金の想い出である
今の子どもたちは可哀想な気がする
何でも手に入り、何かをされて当たり前、家の手伝いすらも率先してやろうとしない
また強い精神力と忍耐に欠けると思う
本当にそれが幸せなんだろうか…
2008年03月13日アンモナイトの化石(?_?)



息子のしょうちゃんが小学6年の時に作った作品
◆『アンモナイトの化石』
「お母さん。匂いをかいでみて」
としょうちゃんに言われて鼻に近づけるとコーヒーの香りがする
「へぇー!すごいじゃないの!さすが将来科学者だね」
と誉めたら照れくさそうにして
「それ、お母さんにあげる」
そう言って自分の部屋にもどっていく
中学に入ってから、部屋に転がっていたガムテープで新しい作品
◆琉球の守護神『龍』
◆『未来の地球上をパトロールするロボット』
を作り出した
どちらにしても誰かが作り方を教えたわけではない
大雑把で不器用な私に似ないで祖父に似ているのだ
B型同士で、2人は大の仲良し☆
★小さい頃、おもちゃをあまり買い与えなかったため、空き缶や空き箱・ペットボトル等で自分で工夫して作っていたこと
★日展・沖展や各種展示会へ赤ちゃんの頃から連れていって芸術作品にふれさせていたこと
それらが創造力を豊かにしていったようだ
小学5年の時、『ものづり発明工夫大会』にて沖縄県で優勝し、全国大会へ出場できたのは日頃の積み重ねとスタッフのサポートのおかげだった
☆来る4月5日(土)・午後2時より
沖縄市コザ城前公民館文化祭にて
『アンモナイトの化石』とガムテープアート『龍』を父と私の作品と共に展示させていただくことになった
息子の作品は触っても構いません
いったいどこに発明工夫がされているのか
親子で考えてみてはいかがでしょうか
一見わからない謎の部分に隠されいます♪
('◇')ゞ
2008年03月12日☆シングルマザーに乾杯


一昨年の5月
夫と離婚した
DVと息子への虐待が大きな理由だった
命が危険だと思った時
幼い息子を車に乗せて夜中だろうが
台風だろうが必死に逃げていた……
別居生活も長く続いた
というより、DV法ができて以来、一緒に暮らせなくなったのだ
夫婦の愛情はもうとっくに冷めていた
でも息子から簡単に父親を奪うことなど、私にはどうしても出来なかった
ここ2〜3年間で父と子の関係は修復されつつあったけれど一緒に暮らしたなら、また同じことの繰り返しだろう
息子の気持ちは痛いほどわかり過ぎるぐらいだ
どんな父親だろうと子どもは愛されたいと願うはずである
しかし、もしそれらの暴力を私が認めたら、いつか息子も平気で同じことをする人になるかもしれない……
子どもの将来を考えに考えぬいた結果
家庭裁判所で調停による離婚で養育費と慰謝料の取り決めを行い離婚した
裁判所を出る時、とても晴れやかな気持ちだった
曇り空がパーッと明るくなって爽快な気分
暴力という名の牢獄から、やっと解放された感じだった
今、私が幸せだから息子にもそれが伝わり幸せそうに笑っている
トラウマもたくさん残っているはずなのに……
息子と時々、ジュースとカクテルで乾杯しているけど…
大人になったら一緒に飲み明かそうか
これまでの辛く悲しいことが、笑いとばせるようになったらね
「シングルマザーに乾杯♪」
( ^_^)/▽☆▽\(^_^ )
※イラスト by yokoyama
※写真 by Jeanne
2008年03月12日☆勇気と希望の言葉

「希望の太陽はどこか外ではなく自分の中に存在する」
マハトマ・ガンジー
「人生とは完成に達するための努力の中にある」
ロシアの文豪・トルストイ
「一番の失敗は失敗を恐れることだ」
元大リーガー・オーランド・セペタ
「人生の宝の値打ちがわかるためには、人生の苦労をつまなければなりません」
ドイツの文豪・ゲーテ
「私たちに必要なのは、機械ではなく人間性です。頭の良さよりも親切と思いやりが必要なのです」
喜劇王・チャップリン
※写真 by SIN
………………☆★
世界的偉人の中でも厳選した5名の言葉です
あなたの心の片隅に一言でも届くといいですね
春は出逢いと別れの大切な時です
物事は偶然ではなくすべて必然的に起こると古代の哲学者たちは言われています
必然的な縁で出逢ったブログ仲間のみなさん、私の誕生日の時もそうでしたが、昨日もたくさんの温かく真心のこもったコメントと足跡をありがとうございました☆
それ以外にもいつも読んで下さっている方に感謝しています
m(_ _)m
昨日、妹のようちゃんに電話をして某学校の受験の様子を聞きました
「ネーネー。最悪だった…甘く考えすぎて勉強していないところからもたくさんでていたよ〜」
気落ちして半泣きする妹
競争率は約3倍の難関の学校だ
「ようちゃんの受験勉強は確かにスタートが遅かったかもしれないけど、チャレンジ精神が素晴らしいとネーネーは思う。子どもたちだってお母さんが一生懸命勉強している姿を見て良い影響を与えてると思うよ。」
「そうかなぁ。でも落ちたら意味ないよね」
「その時はまた次に受験すればいいじゃないの。それに全体の平均が悪かったら最後の1人で合格できるかもしれないよ。それでも合格は合格なんだから。ようちゃんはベストを尽くしてよく頑張ったね。偉いね」
最初は暗い声だったけど明るい声に変わっていった
私とは違って積極性に欠けるようちゃんが、受験すると聞いた時には驚いたが、今年は新しく今の自分を変えたいと言っていました
私も今年はいろんな良い意味で変革の年だと思っています
新しい今日を大切に♪
(*^_^*)
2008年03月11日おばあちゃんの涙

中学1年の頃
リウマチで寝たきりになった、母方の祖母を半年程、ウチで介護することになった
2階の1番見晴らしの良い部屋が、祖母の部屋となりベッドが置かれた
両親が共働きだったため、私が率先して介護を引き受けた
お粥を主体にした刻み料理・衣服の着替え・躰をふいたり・下の世話など一生懸命やっていた
それは孫として当たり前のことだと思い1度も嫌だと感じたことがない
「いつもどうもありがとう。孫の中で1番思いやりのある優しい子だねぇ」
と口癖のように私を褒めてくれた
たくさんの辛くて過酷な経験をもつ祖母だが、愚痴1つ溢さず礼節を重んじて、いつもにこにこ笑顔でいる
私はそんな祖母が大好きだった
祖母は生まれ育った宮古島の話しをよくしていた
宮古民謡の歌手・国吉源次が大好きでカセットでながしていた
私はその曲に合わせてオリジナルの振り付けで祖母のために楽しく踊った
祖母は満面の笑みを浮かべて喜んでくれた
祖母はよく窓の外を見つめながら
「ランドセルを背負った子どもたちが、歩いている姿が可愛いねぇ」
と独り言みたいに呟いていた
それから半年後
祖母は長男の家で介護されることになった……
私は見送るのが辛くて祖母のいた部屋で静かに泣いていた
約2年がたった後
親戚会議の結果
祖母は老人施設に入所させることに決まった
それを母から聞いて激怒した
「私がおばあちゃんの介護をするから!そんな所にいれないで!お願いだから」
「我慢しなさい!もう決まったことなんだから!たくさんお見舞いに行けばいいじゃないの」
5人も子どもがいるのに、自分の親の面倒をみるのが嫌だから、老人施設に入れるなんて、そんな言い訳は聞きたくない
私は母としばらく口を聞かなかった
高校3年の時
私は看護師を目指す決意をした
免許をとったら私が祖母を引き取って看護しようと思った
神奈川のとある看護学校2年の夏休みに帰郷
両親と3人で祖母のお見舞いへ
「ここは良い所です。職員のみなさんは、とても優しいし、いろんなボランティアの方々が民謡や舞踊をしたり話し相手になってくれて楽しいねぇ」
祖母がそう言ったら母は喜んで、お花の水を取り替えに行き、父は職員に呼ばれて席をたった
「…美月。本当はね。おばあちゃんはあなたの家に帰りたい…あなたの踊りが1番大好きだし、真心がこもった料理が美味しかった…」
そう言って泣きだした
初めて見た祖母の涙
私も泣きながら、痩せて細くなった祖母の手を握りしめた
「大丈夫よ。おばあちゃん。看護師の免許を取ったら、迎えに来るからね。私と一緒に暮らそうね…」
その年が明けて、看護師の資格試験の約2週間前、祖母の容態が急変し他界した
看護師の免許は取得したものの、敬愛する祖母を失い、たったの1年間で辞職した
肉体は滅びても生命は永遠に存在し『生死流転』で、人はこの世に何度も生まれ変わってくるという説がある
もし私が祖母なら私の1番近くに生まれ変わってくるだろう
それがたった1人の子どもである息子ではないかと思うことがよくあるのだ。。。。。
※写真 by SIN
2008年03月10日☆ちゅらかーぎー♪





『ちゅらかーぎー』
沖縄の方言で「美人」という意味だ
女性はどんなに年を重ねても心身ともに美しくありたいと願う☆
行きつけのウイング美容室でトリートメントしていただいた帰り…
午後2時頃
遅いランチだったけど、また『ヒデちゃん』へ寄ってみた♪
台湾ラーメンの辛さを調整して注文したら
「この前、来てましたよね」
と笑顔で言われた
約1ヵ月前に初めて来てここには2度目
おばちゃんたちは私のことを覚えていて下さり、どこに座っていたかまで判っていたのだ
嬉しくて心が温かくなる♪
戦前前後を生き抜いた力強さと人と人の和を大切にし、礼節を重んじる3人がちゅらかーぎーに見えるのは私だけなんだろうか。。。
「今度、美容室に寄ったらまた来ますね」
私はそう言ってお店を後にした
帰宅すると
明日、とある学校に受験する妹のようちゃんが勉強を習いにきていた
弱気になっているようちゃんを激励しながら勉強の休憩タイム
「遅くなったけどネーネーの誕生日のプレゼントにバラード集のCDを買ってきたよ。ケーキとシュークリームもしょうちゃんと食べてね」
と言って優しく笑うようちゃんは別人のようにちゅらかーぎーに見えた
こういうさりげない心遣いは私より女性らしいと感心するしだい。
そして今は息子のしょうちゃんと夕食後のデザートに、ウイング美容室で買ったゆず茶と一緒にケーキとシュークリームを食べている
なんとも幸せな1日だと思った。☆
ようちゃん!明日の受験はベストを尽くして頑張ってね
\(^^)/~~~
2008年03月10日☆卒業


思い出があるから
優しくなれる
思い出があるから
強くなれる
思い出があるから
友を大切にできる
思い出があるから
新しい出発ができる
※by ryo (生徒代表)
………………☆★
昨日の午前中
息子(中学2年)の学校であり私の母校でもある那覇市・某中学校の第60期生の卒業式が行われました
早朝から準備を手伝いPTA広報部部長(編集長)として、厳かで温かい卒業式の撮影を担当していました
デジカメと一眼レフカメラを1人でいろんなアングルから撮り続けます
年の離れた可愛い後輩たちが、巣だっていくのをずっとカメラ越しに見ていて時折り涙が込み上げてきました
取材や感想文などに協力してくれた子どもたちが、3年生みんなが卒業していくのは祝うと同時に寂しいものです。。。。
息子たちが作った壁画は舞台のバックを爽やかに色どる琉球ガラスアートのようなものです
式場の2階奥から携帯で撮ったので、これ以上ズームアップはできませんが、1枚1枚のガラスに絵が描いてあります
泣いている在校生もいて先輩たちとの別れが寂しいのでしょう
後輩たちに心からエールを送りたいと思います。。。。。
2008年03月09日☆ロングスリーパー

去年の今頃
“Auberge”Bonne Che’re RAOUT 〜オーベルジュ ボヌシェール ラウー(恩納村真栄田)というレストランにて、私を含めて友人4人でディナー
和やかに楽しい会話をしながら、美味しい料理を堪能していた
「美月ちゃん(私のほうがかなり年上)。私ね。超熟睡派だから朝は中々起きれないの」
「ミカちゃん。私は逆で睡眠が浅いから8時間ぐらい眠らないとキツイのよね」
それを聞いていたミカちゃんの曰く付きモデル系イケメンのツッキーが、絶妙なタイミングでツッコンできた
「それって!ロングスリーパーだね!」
私の男友達でおっとりした癒し系イケメンのサッシーはスルー
「なに?それっ!ロングスリーパーなんて初めて聞くんだけど」
(?_?)
私はかなりストライクゾーンにハマってしまい
大爆笑 (*^m^*)
それにつられてミカちゃんもサッシーも爆笑
「あのう。それの逆もあります!ショートスリーパー」
ツッキーが真面目に言えば言うほど涙がでるぐらい笑ってしまった
帰宅して、さっそくいろんな辞典で調べたけど載っていない
隣りにいた息子がシビアに言った
「お母さん。ロングスリーパーなら俺でも知ってるけど、最近の言葉だから辞典に載ってないのは当たり前だよ」
半ば呆れ気味である
(-.-;) フゥ〜
なんだか私って時代遅れの化石みたい…
翌日、ロングスリーパーが頭の中でぐるぐる回って離れないので!
ちなみにgoogleで検索してみた
\(☆o☆)/ オオ〜
確かに載っていた!!
◆ロングスリーパーとは長時間睡眠型
◆ショートスリーパーとは短時間熟睡型
詳しいことを略するとそういう意味である
う〜ん!勉強になったかも〜☆
ツッキー あんなに笑ったのは久しぶりだったよ
自分の辛い過去を初めて逢った私たちに、ポンポン明るく言ってたけれど。
本当は私 ツッキーの苦しい心をちゃんとわかっているからね
※写真 by SIN
2008年03月08日☆The blue sky

さあ 深呼吸して
青空を見上げよう
耳をすまして
風の声を聞こう
あなたにしかできない
素晴らしい何かが
きっとあるはずだ
そして
明日という
真っ白なキャンバスに
あなたの夢と
希望を描こう
………………☆★
今日は土曜日なのに息子は登校しています
明日の卒業式の準備とリハーサル以外に、壁画委員会に選ばれたらしく、どんな夢と希望を描いているのでしょう
「お母さん!学校にボランティアできた時、絶対に完成するまで見ないでよ」
何度も念を押さしてから学校へ
そう言われると余計見たくなるのよね〜
( ̄ー+ ̄)
明日は卒業式の取材にいかないと〜☆
息子は来年、卒業生になります
学校の旗頭隊にも所属していて、その練習もあるでしょう
『一生懸命がかっこいい』
「しょうちゃん!ドンマイ」
(^^)/☆
2008年03月07日★小悪魔双子ちゃん♪

トミー(弟)の娘は双子ちゃん
赤ちゃんの頃からみんなで交代しながら子守りをしてきた
幼稚園に入った時期から2人ともウーマクー(おてんば)になっていった
ある日の午後、廊下の壁をみたらマジックで落書きだらけ!
w(☆o◎)w
ヒャーッ!!
どうやって落とすのよ〜
応接間を覗いたら、まるで泥棒でも入ったのかと勘違いするほど、オモチャや童話が散乱している
その上、障子は穴だらけ!
(-_-#)
そうかと思えば私のベッドをトランポリン変わりに、2人でピョンピョン跳び跳ねている
(ノ-o-)ノ ┫
「コラーッ!止めなさーい!」
とつい大声で叱りつける
「は〜ぃ。ネーネーごめんなさ〜い」
その時は、おとなしくなるけれど……
またしばらく経つと同じことの繰り返しなのだ
こんなふうに双子の姪たちに、ずいぶん振り回される日々が続いた
小学校に入学してからは、だいぶ落ち着いたけれど……
いたずらが高度なレベルになった
どちらかが悪さをした時、2人とも嘘をついて自分がやったのではなく、もう1人のほうだと言いはるのだ
得意の入れ代わり作戦!
しかたがないので、2人ともよんで、正座させて注意をしている
顔は確かに似ているけれど、お姉ちゃんは天真爛漫で勉強嫌い、妹は神経質で勉強好き☆
たった1つだけ共通点がある
それは2人とも大のイケメン好き!
イケメンのお兄さんに逢うと、しばらく固まっておとなしくて喋らなくなる
慣れてくるとベタベタくっついて質問攻撃をして自己アピールしはじめる
(-"-;) コレハ〜
クレヨンしんちゃんの女バージョンかぁ〜
先が思いやられるが人見知りよりはいいかなと、ある程度は大目にみている
(*^m^*)
2008年03月07日☆愛は煌めきの中に

貴方の心の奥底
何色にも染まらない
純粋で美しい
まるで清らかな水が
流れているかのように
キラキラ輝いている
その心は誰もが
みんなもっている
愛しい人を
愛する心も同じ
眩しいサンシャイン
幻想的な虹
広大な蒼い空と海
夜空に輝く月や星
貴方にもみえる
私にもみえる
とても綺麗で美しい
自然と調和して
鏡のように
映しだされる心
愛は煌めきの中に
※写真 by SIN
………………☆★
昨日と今日はブログやメールにバースディメッセージをありがとうございます (^^)
私が大好きな沖縄の方言の1つ♪
『イチャリバチョーデー』
◆出逢った人はみんな兄弟姉妹のように仲良くしましょう
という意味で、琉球王国の時代から庶民に親しまれて使われていました
ブログで出逢った仲間も兄弟姉妹のように、これからも仲良く絆を大切にしていきたいと思っています
昨夜は家族でカラオケパーティーをしましたが、私のオンステージみたいになりました♪
大好きなL'Arc-en-Cielと中島美嘉の本人映像のプロモを選択して〜♪♪
憧れのスターも誕生日を祝ってくれているような錯覚に陥りました!!
(☆o☆) ウルウル〜
今夜は友人たちがディナーでお祝いをしてくれるとのこと
幸せだなぁ。。。
2008年03月06日☆*。My Birthday。・。゜*☆





父の愛は
どんなに
高い山よりも高い
母の愛は
どんなに
深い海よりも深い
愛情深く
育ててくれた両親に
心から感謝する日
それが誕生日
周りの人に
いろんなことで
支えられて
生きてきたことに
感謝する日
それが誕生日
1人の命は
地球よりも重い
先祖から
バトンタッチされて
繋がっている命だから
そのことを自覚して
大切にしようと誓う日
それが誕生日
今日まで
波瀾万丈な人生を
よく頑張って
生き抜いてきた私
自分自信に感謝する日
それが誕生日
「Happy birthday to me.」
……………☆★
今日は私の誕生日♪♪
2日前、病気で音信不通になっていた、かつての親友から、桜色のバースディカードが届いた
他の親友たちがみんな心配していたし、私も何度も手紙を書いたのだが、引っ越ししたのか手紙が届け先不明でもどってきてしまう
その親友は20代前半に若年性糖尿病にかかり、入退院の繰り返しである
私にだけ本音をいい心を開いてくれていた
住所は書いてなかったけれど、私の誕生日をちゃんと覚えてくれていたことに深く感謝した
ありがとう
とても嬉しい
何よりも大切なプレゼントだった
親友たちの中で一番辛くて苦しい思いをしてきた、彼女には幸せになってほしいと心から願ってやまない。
☆さぁ新しい扉が開かれた
この1年、楽しく充実した輝く日々をすごせますように。。。。
2008年03月05日★究極の選択(-"-;)

大学時代
妹のようちゃんと国際通りにウィンドーショッピングへ
しばらく歩いていると
「ネーネー。前から歩いてくる女性と私ってどっちが痩せてるかな?」
とようちゃんがいきなり聞いてきた
どうみてもその女性が痩せて見えたので正直に
「前からくる女性のほうが少し痩せているかなぁ」
と言ったら
「そうよね!私が太ってるということね」
ようちゃんは逆ギレして怒りだす★
なんとか落ち着いてきてまた歩きだした
「ネーネー。バス停に立っているあの女性と私はどっちが可愛いかな」
その女性をチラッと見たら、ようちゃんよりも明らかに可愛いかった
しかし、さっき逆ギレさせたこともあり
「ようちゃんのほうが少し可愛いかな」
と私は言った
するとようちゃんは
「ネーネー!嘘つかなくていいよ!あの女性のほうが可愛いじゃないの」
また逆ギレした
(-"-;)
どっちにしろ逆ギレするんかい!
ずっとこんな調子だったので帰宅してから、妹には甘い私なのだがさすがに叱った
「いったい、さっきはなんで他の女性と比較ばかりしていたの?ようちゃんはようちゃんでしょう」
「………………」
ようちゃんはしばらく黙ってたかと思うと泣きだした
「だってネーネーはいつも褒められいるじゃない…親にも親戚にも…ニーニーもスポーツで褒められいるじゃない…私だけ…誰も褒めてくれないから…自信がなくなってきて…ネーネーに褒められたら嬉しいかなって…」
まさかいつも明るいようちゃんが、そんなことで悩んでいたなんて知らなかったから…
泣き止むまでずっと黙ってそばにいた
それから数年後、妹が先に結婚した
ある日、妹の家に遊びに行ったら、ようちゃんの旦那のトーシー(東幹久似)も居て3人でゆんたくしていた
いきなり話題がかわり
「ねぇ、トーシー!痩せて胸がない女性と少しぽっちゃりしているけど胸が大きい女性とどちが好きなの?」
とようちゃんがトーシーに聞いた
◆痩せて胸がない女性=ようちゃん
◆少しぽっちゃりしているけど胸大きい女性=私(普通のサイズ)
σ(^◇^;)。。。
その時、パッとトーシーを見ると東幹久似の顔がタイガーウッズに変わってた!
かなり動揺しているようだ
後で夫婦喧嘩にならないように答えるか、今義理の姉をたてるか
究極の選択★
しかたがないので助け船をだした
「それは決まってるじゃないの。痩せて胸がない女性が好きだからようちゃんと結婚したんじゃない」
と言って笑ったら、トーシーは頷いて苦笑した
「やっぱりそうなのかなぁ」
ようちゃんは満面の笑みだ
それからしばらく経って帰宅しようと玄関をでたら、トーシーがやって来て
「お義姉さん。さっきはすみません。助かりました。でもいつもこんなですよ」
(・_・)エッ......?
私はそれを聞いて驚いた
だってさぁ
あの悪い癖は直ったのではなくて、姉から夫に役割が変わっただけだったのだ
┐('〜`;)┌
2008年03月05日☆大変

『大変』という字は
大きく変わると書く
何が大きくかわるのか
いろんなことを
経験していく中で
忍耐強く努力して
一生懸命
頑張った結果
過去と今の大変が
積み重なり
幸せの方向へ
人生が
大きく変わってゆくのだ
※写真 by SIN
………………☆★
昨日、久しぶりに沖縄市へ行ってきた
ブログ仲間のゴヤ市場のにいにいさんのお店『仲程食品店』で美味しいタンカンなどを購入した
にいにいさんは朗らかで優しくて親切な人柄☆
方向音痴で車の運転が下手な私のために、パソコンから地図を起こしてくれた
にいにいさんのアドバイスと地図を確認しながら、目的地の城前公民館へすんなりと到着!
(^^)/♪
◆『ゴエク城ライブ』4月5日(土)
沖縄市コザ城前公民館でライブ&展示会
その展示会へJeanne家の作品を届けに行った
若い内間自治会長さんといろんな話題をゆんたくして有意義な一時を過ごした
『一期一会』
今年は1人でも多くのブログ仲間に逢って、友情の絆を深めたいとおもう。。。。


日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!