› *☆桜レター。☆ › 2008年03月14日2008年03月14日☆新聞配達少女


小学4年の春
父が脳血栓で倒れ入退院し、リハビリ生活が続いた
母の内職だけでは預金を少しずつ切り崩したとはいえ、家計は火の車だった
ある日、友達と遊んだ帰り、沖縄タイムスの販売店の側を通ると『配達員募集』という貼り紙が目に止まった
何歳以上とは書いていない
帰宅して母に相談した
「夕刊だけならやってみてもいいんじゃない。美月が採用されるかわからないけどね」
翌日、学校から帰宅すると販売店へ
すると50代後半ぐらいのおばちゃんが出てきた
「あのう。外の貼り紙を見て来ました。」
おばちゃんはじっと私を見て
「あなたは中学何年生なの?」
身長が高くて少し大人びた私を中学生と間違えているらしい
「私は小学4年です。家が貧しいので少しでも家計の助けになればと思い、夕刊の配達を希望してきました」
私はおばちゃんの瞳を真っ直ぐに見てそう言った
嘘をつくのが嫌いだし、ダメ元でここにきたのだから。
「ウチは中学生以上しか採用しないけど、しっかりした小学生だね。明日から来てください。最初の1週間は引き継ぎがあります」
にっこり笑っておばちゃんはそう言った
「どうもありがとうございます。一生懸命頑張ります」
深々と頭を下げて帰宅した
その翌日から1週間の引き継ぎの後、1人で配達をしていく
約100件を月曜日〜土曜日まで正確にこなさなくてはならない
約1時間の配達である
簡単なようで実際にはミスも多かった
配り忘れた家や間違って2枚重ねて配達してしまったり、雨の日にぬかるみで足を滑らせて転んでしまい新聞を濡らしてしまったりと
おばちゃん=店長に何度も謝った
「最初はみんなそうだからそんなに気にしなくていいからね」
厳しく叱ることなく少しだけ助言する程度だ
友達が遊んでいる横を通る時にはうらやましいと思うこともしばしばあった
初めての給料日
「美月ちゃん。1ヵ月ご苦労様でした」
朗らかな店長は子どもの私にまで、そうお礼を言って給料を渡した
その日は嬉しくてついスキップして帰宅した
「お母さん。今日ね。初めて給料をいただいたの。1万円ちょっとしかないけど全部家計の足しにしてほしい」
母は喜んだけれどしばらく考えて
「じゃあ申し訳ないけれど半分は学校の授業料に使わせてもらうね。残りの半分は美月が文具とか買いたいものを買ったらいいよ」
そう言って半分しか受け取らなかった
私が初任給で初めて買ったものは安い顕微鏡だった
本当は天体望遠鏡が一番欲しかったが高過ぎて手が届かなかった
風邪で高熱を出した日以外は休まなかった
小規模の台風でも配達は行われた
強い風と雨の中、細くてまだ子どもの私には、何が飛んでくるのかわからないし、躰ごと飛ばされそうになるし、恐怖の中で新聞を塗らしたり、飛ばしたりしないように必死で配達した
大晦日の配達の時には心ある人から激励され、お年玉をいただいたりした時には素直に嬉しかったものだ
周りの激励のおかげで忍耐強く3年間、配達することができた
小学校を卒業する時期に辞めたのだが、勤続3年間の表彰を受けた
それらは私の金の想い出である
今の子どもたちは可哀想な気がする
何でも手に入り、何かをされて当たり前、家の手伝いすらも率先してやろうとしない
また強い精神力と忍耐に欠けると思う
本当にそれが幸せなんだろうか…

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