› *☆桜レター。☆ › 2008年02月27日2008年02月27日☆ビーナスの奇跡。・。☆

高校を卒業後神奈川へ
看護学生と看護助手として新たな出発
看護助手の初日、内科病棟に配属となり、ナースステーションに挨拶へ行った
「では美月さん(私の仮名)これから担当の患者さんを紹介しますので、私についてきてくださいね」
婦長に言われてついて行ったら…………
病棟の一番奥の個室のドアをあけた瞬間、悪臭が漂っているし、昼間だというのに日射しがとどかずに薄暗い
患者さんは70才の老女で、昏睡状態が2年以上も続き、会話はもちろん身体1つ動かすことができない
ネームプレートには鈴木サト(仮名)と書いてある
「鈴木さん。今日から新しく担当になる美月といいます。これから宜しくお願いします」
深々と頭を下げた
以後、親しみを込めてサトちゃんと呼ぶことにした
朝、病室に入ったら清掃からはじめ、その後、朝食の介助(流動食)温かいタオルで身体をふき、床擦れの手当てをする
「サトちゃん。痛くないかなぁ。」
「清潔なパジャマと着替えようね。気持ち良くなるよ」
まるで少女のように可愛いらしく眠った小柄なサトちゃんに、意識のある患者さんと同じように言葉をかけた
もちろん無反応である
「サトちゃん。私って情けないわ。沖縄からきて1ヵ月も経たないのにホームシックにかかっちゃって。」
「サトちゃんがもう1人の私のおばあちゃんだと勝手に思わせてくれないかしら。」
午前中は勤務して、午後は看護学校で勉強し、日曜日が休みだった
夕方、看護学校から帰宅するとサトちゃんを1時間ほど看にいく
休日の時も顔をだした
それはサトちゃんのお見舞いに来る方がほとんどいないこともある
「サトちゃん。綺麗な桜を生けたよ。ほのかに香らないかなぁ」
「今日は外が暑くて、クーラーが効いてるサトちゃんの病室は涼しいね」
「沖縄には紅葉がないから、感動して見てたの。サトちゃんが元気になったら車椅子に乗って一緒に行きましょう」
「今日はね。神奈川にしては珍しく粉雪が降ってるの。寒いけど綺麗だね」
そうして1年があっという間にすぎ去って行った
3月の末、人事移動があり、私は外来に配属されることになった
病室へと向かう足が重い
「サトちゃん。少し残念な報告があるの。私は1週間後から外来で仕事をすることになったけど、ちゃんとサトちゃんに逢いに毎日来るから心配しないでね」
後輩に引き継ぎが終わって、慌ただしい外来勤務を必死でこなす毎日が続いた
半年後、後輩が物凄い形相で外来にきた
「美月先輩!奇跡が起こりました!一緒にサトちゃんの病室に来てください」
何かサトちゃんに緊急事態が起こったらしい
急いでついて行き病室に入った
「サトちゃん。美月先輩を連れてきました」
サトちゃんはゆっくりと目をあけ、つぶらな瞳で私を見て言った
「美月さん。ありがとう」
私は初めてサトちゃんの声を聞いた
顔の表情も良く、ゆっくり手を動かしている
まさに奇跡が起こった瞬間だった
「サトちゃん。私こそありがとう」
私は涙がとまらなかった
ドクターも他のナースの先輩たちも、昏睡状態のまま亡くなるだろうとさじをなげられていた患者だった
諦めずに看護していた私は陰口ばかり言われていた
信念と希望をもち誠実に患者第一で、ナイチンゲールのように全身全霊を尽くせば、奇跡は起こるのだ
その後、サトちゃんとはいろんな対話をした
昏睡状態でも私が話していたことを聞いて、ほとんど覚えていたこと
サトちゃんの悪口を言っている人の声も聞こえていたこと
痛くても言葉にだせないし、合図もだせない辛さなど
その約1ヵ月後、サトちゃんは元気になって退院された
「ビーナス」というあだ名を私につけてくださった方は、亡き元大学の教授だった患者さんである
私の本名を逆に呼んでつけてくださった
もったいなくもありがたいあだ名である
生と死を見つめ看護師の誇りをもって未熟なりに患者さんと接していたあの頃が懐かしい。。。。
写真 by SIN
2008年02月27日タンポポふわり

タンポポ ふわり
どこへゆく
愛しくて大好きな
あなたのところへ
別名ランデライオン
強靭な生命力
忍耐強さ
たくましさ
人間が本来
備えなければ
ならないところ
さりげなく
学ばせてくれる
タンポポ ふわり
どこへゆく
一人ぼっちで
泣いている
君のところへ
雑草だとバカにされ
さげすまれても
動じないどころか
そんなふうに
差別する人々さえも
あったかで朗らかな
風貌が癒してくれる
タンポポ ふわり
どこへゆく
心が傷つき
生きることに疲れた
人々のところへ
希望をとどけにゆく

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